玄洋社(5)-3 古新聞・切り抜き帳

 長い間に集めて、手元に眠ったままになっている新聞記事を、この機会に紹介することにした。タイトル以外にも同一紙面の他の記事(ちょっと気になる記事も)を合わせて収録する。

【福陵新報】1890年/明治23年7月24日

○長崎コレラ病の原因に関する中濱技師の直話 嚮きに官命を帯び長崎市に起りたるコレラ病発生の原因取調の為め出張したる内務省四等技師中濱東一郎氏は其の取調中更に官命に接し取急ぎて去る十六日帰京せり今氏が報知新聞社員に向ひ物語りたる所なりと云ふを聞くに左の如し
本年長崎市に始めてコレラ病の発生したるハ去月廿七日なり余の官命を帯び其の原因取調として東京を出発したるは本月一日にして五日同地に着し十二日同地を出発帰途に就くまで一週間此取調に従事せり先づ余が取調の順次を云はゞ第一長崎市に発生したるコレラは果して真症コレラなるや否第二果して真症コレラなりとすれば自発なるか将た輸入なるか其原因如何の二点に存す余は着後直に第一点の取調に従事し病者の吐瀉物を検せしに何ぞ図らん此の中には一のバクテリヤなし余は一は驚き一は喜び尚ほ段々取調べ見たるになきも道理是れ已に消毒法を行ひし後の吐瀉物にてありたり因て更らに他の病者の吐瀉物に就き取調べたるにコレラ、バクテリヤは層々其の中に盤桓し真症コレラの実□に全く其の確証を示せり因て爾来第二点の調査に移る然れども此事たる発病以来已に日を経調査特に困難を極めり先づ今日までの調査にてハ全く香港上海辺より輸入したる者の如し元来コレラの元素は亜細亜に発せるが故欧洲人も之を称して亜細亜コレラと云ふ去れば亜細亜には年々コレラ病流行せるも人其の病に慣れ時疫と称して余り意に留めざる者の如く印度カルコツタ抔其の巣窟たり一例を示さんに一昨年の暮余が尚ほ伯林にありし時なりとす上海の医師ネール、メクレオなる人コレラ、バクテリヤの発明者【発見者の意であろう】大学教授コホ氏を尋ねバクテリヤ発明の事に関し談ずる所あり其際も支那には年々コレラの流行する事を述べたり又た長崎病院の傭教師独医アムアツト氏の言に拠るも矢張り同様の事実あり又た上海なる同氏友人の許より今年も流行病ある事を□【報ヵ】し来れりと云ひ上海日本領事館よりの報知には居留地に霍乱あり内地ハ分明ならずとありたり今ま以上の言を概括すれば支那地方にハ年々コレラ病流行し又た本年も流行しつゝある事分明なりと云ふべし       (以下次号)

*ここでは次号の記事を追わない。

* 文字がつぶれているものが多く、□は難読を示す。前後関係から読み取った場合もあり、中には読み間違いがあるかもしれないことはお断りする。濁点がない場合は補った。



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