武士道から見た黒田騒動―死ぬよりもつらい選択がある―
箱崎釜破故の世界(21) 大膳の亀退治 2005年02月21日 13:10
○栗山大膳、原の渕にて亀を討つ事
斯くて、栗山大膳は左右良(まてら)村に引き移りの後、儒書を友として、書の中、君の覚悟と成すべき所、抄録して奉り、朝暮れに君の不行跡を改めんと思い続け、年経(ふ)れば、上座(じょうざ)郡の村々徳化に浴して、隣国よりも其の仁徳を賞しける。
頃しも水無月*上旬、其の暑を凌がんと、山風吹く小座敷に見台**に向い、心を証したるに、眠り頻りに成りければ、暫くまどろむ所に、不思議の夢を見られし。
* 旧暦の六月。
** 書見のための台。正座した状態で読めるよう、本を木製の台で支える。
美々たる官女来たりて、自分ハ原長渕に年久しく住まう所の主神(ぬしがみ)也。彼の渕昔より殺生禁断(せっしょうきんだん)*成る所、貴方、近年此の所在宅**以来、網・鉄砲の停止(ちょうじ)なきに依り、魚鳥の難儀此の事に限り、是を停止し給わば、我、武運加護と成らんと宣(のたま)うと覚えて、異香薫じて立ち去ると見えて、夢覚めたれ共、異香猶鼻に残れり。
* 生き物を殺すことを領主が禁じている。宗教的・心理的な抑制が働いているという意味もある。
** 単に家にいるという意味ではなく、藩士が城下を離れ、郡部の領地に住んでいるということ。
大膳夢覚め、茫然として不思議成る夢かな。心白々(しらじら)として移らざりければ、又其の夜、五更(ごこう)*に及んで、今昼委(くわ)しく告げし事、御用いなし。まげて承引せられよかし、と告げて、夢覚めたり。
* 現在の午前3時~5時の2時間を指す。
大膳弥(いよいよ)不思議の思いをなし、是我心の朧(おぼ)ろにこりて、懸かる夢を見るもの也。何しに渕の主が我に告げん。迷うは是、武の至らざる也。少しも用ゆべからず、と思い居られしに、
翌夜、又告げて曰(いわ)く。再三君に夢を訴うといえ共信用なし。君、此事を用いられずば、三年を出ずして、家門絶えん。疑い給わば原の渕に来り給え。其の時我出(いで)て君に真見(まみ)え申さん。我が事を信用有らば、形に影の添う如く守り申さん、と言いて、立ち去ると見えて、夢覚めたり。
大膳は此の事を倩(つらつら)思い廻(めぐ)らすに、壱度は夢と思い、一度は心魂の迷う也と、心を秘して口外せず、慎しみけるが、如何思われけん。六月十一日家中(かちゅう)*に触れを流し、
* 栗山家の家臣。福岡藩から見れば陪臣。
明十一日、原の長渕において、網・鉄砲の猟致す。其の用意致すべし迚(とて)、家中は言うに及ばず、農、長百姓*、足縄を持ち猟船を浮(う)かめ、大膳は馬にて、都合百余人、長渕に趣(おもむ)く。
* 意味が取りにくいが、「農」は一般の百姓、「長百姓」は指導的な立場にある庄屋・組頭を指すか。当時は組頭を指す「頭百姓(かしらびゃくしょう)」という言葉はあったが、長百姓(おさびゃくしょう)は、福岡藩ではあまり聞かないように思う。「農長、百姓」の可能性もあるが、当否を判断できない。
此の長渕と申すは、東西に長く、水面満々たり。猟場は小家(こや)を西北に構え、大膳小高き所に、三ツ梶の紋付けたる幕を打たせ、水面を見居(みす)えたり。
偖(さて)池田六左衛門、惣奉行として下知し、本陣に鉄砲音なき内は猟すべからず、と控えさせたり。掛かる所に、鵜一群れさっと下しければ、本陣より是を打つ。夫(それ)を相図に、網・鉄砲を打ち立つ。舟は四方に押し並べ、網を打ち入れ打ち入れ、猟も半ば成る時、俄かに空かき曇り、夕立模様し、水面波逆巻き、水色動きて、渕の真中と覚敷(おぼし)き所に、凡(およ)そ其の形七尺余と見えし亀浮(う)かみ、首を三尺差し上げたり。
是を見るに、身の毛も立ちて、船は渕の汀(みぎわ)へ漕ぎ付けて、皆々目を驚かしたり。百姓共は地に平伏し、渕の神顕れ給うと手を合わせて拝み見ければ、大膳は近く進み寄り、扨(さて)は昨日夢みし所違(たが)いなし。渕の主にてあらば、我が矢先を遁れて見給え。
又邪神ならば、炮術を得たる大膳が矢先、はづれまじ、と切(き)って放す。大薬、筒音響き渡りて、大亀の頭壱尺斗(ばか)り下を打ち通す。
其の時、壱間斗り飛び上がり、忽(たちま)ち震動し、渕は紅の如く、吹き来る風の音、雨も頻(しき)りに雷(いかずち)の響く音、草木動揺し、黒雲大地を覆うて闇夜の如く成れば、大膳も漸々(ようよう)近辺の辻堂に駈け入りて、雨を凌がるる。
附々の者共、百姓、雨・風・洪水漲り来れ共、闇夜の如く、東西を分かざれば、足に任せて原の駅*に行くもあり、又竹垣の森に行くもあり。四方に遁げ散り、生きたる心地は無かりけり。
* 宿駅のこと。現在の原鶴温泉(福岡県朝倉郡杷木町)を指している。筑後と豊後を結ぶ街道の宿場があった。
三時斗り震動して、漸く夜に入り空も晴れければ、皆々蘇生したる心地せり。され共、大水溢れて川々水増し、田畠多く破れたり。
大膳も帰る事を得ず、其の夜は民家に舎(やど)りて、翌日帰宅せらるる。是、今日渕の主神を打ちたる故、雷鳴、風雨、大水溢れたりと、百姓等譏(そし)り、田畠を失いしもの共は、是より皆々望みを失いて、大膳を譏りて、威勢衰えける。
大膳是を聞きて、今日の風雨は幹支(かんし)*の陽(よう)の末に当たりて、陰(いん)初めて結ぼれて風雨、雷鳴あらんや。末世(まっせ)にかよう成る類い、人御供(ひとごく)**などと申す事、出で来たれば、早々打ち捨て、災いを除くもの也。様々怪事を云う者有らば、曲事(くせごと)***也と、申されける。
* 幹枝に同じ。幹と枝だが、十干十二支の意味もあると言う。この場合、大膳は事の次第を陰陽五行説で説明しているので、十干十二支の幹支(干支)であろう。
** 人身御供(ひとみごくう)に同じ。
*** 取り締まって刑事罰を与える。
評に曰く。大膳亀を打つ事、何が故ぞ。亀怪をなさず。渕の主たらんに、衆魚の憂いを救わんと、両三度夢に告げしは、其の司る所の下魚を思うて也。是仁心を感じて、猟を停止せしむべし。若し邪神の言(こと)成りと信ぜずんば、其の侭(まま)にて猟を禁ずべからず。何ぞ夢に逢(お)うて大猟を催し、亀を殺す事、仁も無く、慈もなくして、返(かえ)って田畠を損じ、人民を苦しめて、人御供など災い有らん為など、余り早き退治ならずや。
是を以て考うるに、己が智勇に慢じて、我侭の主へ諫むる事、和ならずして、剛を以て返て主を怒らしめ、父祖の家を亡し候事、沈勇ならずして、血気を振廻(ふるま)われしは、学ぶ事の足らざれば、皆斯くの如き横行多し。
【解説と要約】
いよいよ栗山大膳の再登場である。ここで、大膳のその後の運命が暗示されるが、まさに〈自業自得〉という場面展開になる。実際の大膳は儒学に造詣の深い、なかなかの人物であったらしい。ここでは、終始、合理的な思想を持つ人物として描かれている。
亀の精が大膳の夢枕に立ち、自分の住む池を殺生禁断にしてほしい、と頼む。大膳は初めは不思議な夢だと思い、次に武道の鍛錬が足りないから心が揺れるのだと思い、三度目には亀の言うことが本当かどうか確かめてみようと思う。ここに合理的にふるまおうとする大膳の姿がある。
亀は自分の言うことを聞かなければ、三年以内に栗山家は滅ぶと予言していた。なかなか動こうとしない大膳に一度だけチャンスを与える。自分の姿を見せてあげよう。その結果、信じてくれれば、自分が影のように寄り添って守るであろう。
大膳は家臣を動員して池に向かい、大亀を鉄砲で撃ち殺す。大膳は大亀を予告通りに見るだけではまだ信じることができなかった。池の神ならば、自分の弾を避けて霊力を証明せよ、というわけである。亀を撃ち抜くと同時に、異変が起こり、ついには洪水を引き起こした。亀は確かに池の主だったのである。
人々は恐れ、亀の怒りを鎮めるには人身御供が必要だという意見が出たのであろう。大膳は陰陽説で異変を説明し、人身御供などと言うのは世間を不安に陥れるものだと、取締りを命じるのであった。大膳はあくまで合理的にふるまう。
これに対し、評が付いている。原作者によるのか、後人によるのかは不明である。
本文は亀に見放された大膳の行く末を暗示しただけだったが、評は一歩踏み込んで、大膳の行動に批判的である。
大膳は、夢のお告げを信じて池の殺生を禁じるべきであった。もし信じられないとしても、何もしなければいいだけである。
それに対し、大膳はわざわざ亀を退治しに向かった。これを「智勇に慢じた」行為だとし、ついでにこうも言う。「わがままの主(あるじ)を諫めるのに、穏やかな方法を取らず、真正面から踏み込んだ結果、主を怒らせ、結果として栗山家を滅ぼした。」
これは「沈勇」ではなく、「血気」である。学ぶことの足りないことが、こういう結果をもたらす。
この評は黒田騒動全体における栗山大膳評となっている。原作者の評ではなく、後人が写本を作る過程で追記したものであろう。原作者は大膳に好意的だが、この評は大膳に対する同情を欠いている。
Comments 2005年02月21日 13:34 | ワタ@管理人
夢から覚めても残る異香・・・リアル!
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2005年02月21日 18:19 | 石瀧豊美
そこに目が行きましたか。さすがですね。
「夢覚めたれ共、異香猶鼻に残れり」ですから、夢の中で起こった現実ということになる。
摩訶不思議。
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