初出は『ゾルゲ事件関係外国語文献翻訳集』no.27(日露歴史研究センター事務局、2010年10月8日)
三
不破倫三が注目されたのは、ゾンテルがゾルゲの変名であることが知られてからのことであろう。不破倫三には何人かの名が比定されたようだが、決定的な証言となったのが石堂清倫の次の一文であった。
中でもわれわれ日本人が戦前から知っていたのに『新ドイツ帝国主義』という本があります。これを翻訳したのは朝日新聞の益田豊彦さんです。ブハーリンをもじって不破倫三という名前で翻訳して、一九二九年に発行されました。(石堂清倫『異端の視点』勁草書房、一九八七年)
不破倫三が益田豊彦だというだけでなく、その変名の由来がブハーリンから来ていることまで説明されている。私の研究は石堂説に依拠し、不破と益田が同一人物であることを前提に成り立っている。益田はこの時期、左翼文献の翻訳に集中していたので、益田が不破であることに何の不都合もない。ためしに、不破と益田の名で発表された訳書の代表的なものを発行順に並べてみることにしよう。佐野英介は益田の変名ではないかと想像している。以下は私が収集した本や複写をもとにしている。
●昭和二年十一月三十日印刷、十二月六日発行(三年五月三十日再刷、七月廿八日三刷)
青年コミンテルン編『無産者政治教程 第一部 ―資本主義社会の解剖―』
訳者益田豊彦・冬木圭(検印紙「益田」) 一四六頁 定価五〇銭
発行所 叢文閣(東京市牛込区神楽町二丁目十一番地)
※ 原著の編者名は第一部のみ表紙に明示。
※ 三刷巻末の広告から『無産者政治教程』一~三は社会科学叢書に含まれていることがわかる。第三部は「発禁」と明記。
●昭和三年五月十八日印刷、五月二十四日発行(四年九月六日五刷)
『無産者政治教程 第二部 ―無産者階級の陣営―』
訳者冬木圭・益田豊彦(検印紙「冬木」) 一四六頁 定価五〇銭
発行所 叢文閣
●昭和三年六月二十四日印刷、六月三十日発行
『無産者政治教程 第三部 ―青年同盟論―』
訳者益田豊彦・冬木圭(検印紙「益田」) 一二二頁 定価五〇銭
発行所 叢文閣
※ 私の持っている本では、伏せ字のかなりの部分に鉛筆書きが加えられている。たとえば一一七ページでは、
「レニンが青年に教へた通り、吾々は社会主義者たることを止めざる限り、あらゆる××(戦争)、あらゆる××(軍隊)に反対することは出来ない。何故かと言へば、植民地や半植民地に於て帝国主義に×××××××(圧迫される民族)が、帝国主義に××(反対)してなすところの××や××も矢張××(戦争)なのであつて、吾々はこれを××(支持)しなくてはならないからである。」(ルビ行の文字を×の下のカッコ内に移した)
この本は発禁になる前に読者の手に届いたまれな一冊ということになろう。しかも伏せ字を起こすことができたのは、訳者の身近な人物の蔵書だったことを推測させる。内務省への納本は六月二十九日、七月四日に発禁処分となった。
●昭和三年十月廿七日印刷、十一月二日発行(十一月十二日再刷)
『無産者政治教程 第四部 ―研究会の組織、方法―』
訳者冬木圭・益田豊彦(検印紙「冬木」) 六七頁 定価三〇銭
発行所 叢文閣
※ 第四部初版の巻末に第一部から第四部までの広告を載せ、第三部は「発禁」と明記している。
●昭和三年十二月二十二日印刷、十二月二十六日発行
『改訂版 無産者政治教程 第三部 ―青年同盟論―』
訳者益田豊彦・冬木圭(検印紙「益田」) 一二二頁 定価五〇銭
発行所 叢文閣
※ 内務省への納本は十二月二十六日、二十七日には再び発禁となった。
●昭和四年五月十日印刷、五月十四日発行
ゾンテル著『新帝国主義論』(新帝国主義叢書 3)
訳者不破倫三(検印紙なし) 二八〇頁 定価一円
発行所 叢文閣
●昭和五年三月二十一日印刷、三月二十六日発行
ルビンシュタイン・シュトラッサー著『産業合理化の諸問題』
訳者不破倫三(検印紙「不破」) 一五八頁 定価五〇銭
発行所 叢文閣(東京市麹町区番町九番地)
●昭和五年四月十五日印刷、四月十八日発行
青年コムミンテルン編『無産者政治教程 第三部 ―青年同盟の基本問題―』
著者 佐野英介(検印紙なし) 一四四頁 定価六〇銭
発兌 左翼書房(東京市外上落合九三一)
※ 四月十七日発禁。
●昭和六年四月十六日合本発行(三年五月十八日印刷、五月二十四日発行)
『合本 無産者政治教程』
訳者冬木圭・益田豊彦(検印紙「益田」) 三五九頁 定価八〇銭
発行所 叢文閣(東京市麹町区四番町九番地)
※ 第一部 資本主義社会の解剖/第二部 無産者階級の陣営/(第三部 発禁のため欠)/第四部 研究会の組織、方法
※( )内の印刷・発行年月日は合本の奥付にあるものだが、なぜか第二部の初版の奥付に一致する。また、三冊計一円三〇銭の合本が八〇銭というのは非常な廉価だが、出版社の良心から「叢文閣は敢然合本八十銭の犠牲出版を決行する(傍点ママ ここでは傍点を下線に替えている)」と巻頭に書きとめられている。この本は「発売以来既に今日までに、数十版数万部を売りつくした。読者の数は或は百万を超えたであらう。」ともある。労働者・農民・学生が手から手へ読み継いだという自負がうかがえる。
合本である最後の本を除けば、益田豊彦の翻訳活動は昭和二年から五年に集中している。『無産者政治教程』第三部が発禁になると、直ちに改訂版を出したがこれも発禁となる。二度にわたる発禁処分をかいくぐるかのように、今度は訳者と出版社を代えて発行されたがまたも発禁となった。第三の本はもともと発禁覚悟で出版したダミーで、佐野英介は益田豊彦の変名であろうと想像している。合本は第三部抜きで発行するしかなかった。
ちょうどその多難な時期に不破倫三の名で『新帝国主義論』ほか一冊が刊行されていた。益田豊彦の名をあえて避けた背景に、『無産者政治教程』第三部の発禁処分がありそうである。
* 2021年4月22日 福岡県糟屋郡須恵町にて
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