鷲尾雨工著 『黒田如水』 (29/46) ◆再掲載

※ 過去に本ブログに投稿した分を再掲載。

皇籍離脱・皇籍復帰と社会的身分 は2月17日掲載の第149回で既発表分の上限に達した。第150回以降も連載は続くが、ストックがたまったところで、適宜、ブログでの連載を再開することにしたい。

しばらくは鷲尾雨工著『黒田如水』の翻刻分―過去にお蔵入りの分―の蔵出しを続けることにする。第29回は2006-06-04 20:00に掲載。

    至難の使命
 財貨の力で宇喜多氏の好意を購いとるという買収策は、いとも鮮やかに成功した。
 これは偏に官兵衛の炯眼が、宇喜多直家の腹の黒さを見抜いたからであった。宇喜多が、その主家、浦上氏を滅ぼして六十三万石の大領主になることが出来たのは、毛利の後援によるものであったから、もし直家が飽くまで義理堅い人物ならば、よしんばどんな場合にも毛利氏の恩義を忘却はしまいが、しかし利に就くことに慧い直家は、工作次第でどちらにも傾くと、そう官兵衛は見通しをつけて、そしてこの買収に見事な効果を収めた。
 宇喜多直家は、堺の富豪中の巨頭である小西と櫛屋が、共にその財力を傾けた賄賂の贈物の莫大さに釣られて、毛利氏への誼みを捨てる気になった。
「よろしい。羽柴殿を助けよう」
 と、諾したのである。
 弥九郎の手引きで直家に会った官兵衛は、
「播磨・備前・美作の国境、要害堅固な上月の城に、尼子勝久殿と山中幸盛を籠もらせる手筈が調っておりまする。尼子殿は宿敵毛利氏のために父祖累代の領国、出雲・石見を奪われて家は滅び、身は流浪の惨苦をなめ、怨みは骨髄に徹しておりまする。同時にまた、毛利氏におきましても、睚眥の敵、尼子の遺族遺臣が、羽柴秀吉の庇護の下に、遺恨重なる復讐の旗をかかげたと聞かば、かならずやその旗風の未だ振るわぬうちに撃滅して、禍を絶とうとばかりに、大軍を発向させて上月城へ来襲するに違いござりませぬ。毛利氏は上下挙って山中鹿之助幸盛を怖れておりますゆえ、この幸盛が上月に籠もりますれば、いかなる無理をしても城攻めには全力を竭くしましょう。されば其の時でござります―」
 そう云って、毛利氏に対する宇喜多の裏切りを翹望したのであった。
「成程。軍機の妙を極めた策謀じゃのう! 潮時を見はからって、予に、寝返りを打てと申すのであろう。面白い!」
 五十歳の坂をこえて、腹黒さにも脂の乗りきった直家であった。
 毛利の大軍が、上月城を囲むまでは、依然表面は毛利の与党として行動しようが、囲まれた城の後詰めに羽柴軍が、千種川を渡るのを合図に、戟を逆さまにすべきことを直家は、官兵衛にむかって約束したのだった。
 まったく思いどおりに事を運べた官兵衛は、播州に還って、秀吉の軍勢を、尼崎の駐屯地から迎える準備を完了した。
 そこで秀吉は、提供された姫路の城に入城した。まず大規模な増築工事を起こした。いわゆる白鷺城が築かれたのである。
 一兵をも損ぜずして秀吉が、播磨に根拠を据えることの出来たのは、悉く官兵衛孝高の功であったから、軍参謀としての信望は、まさしく決定的に確立された。
 やがて天正が四年となり、五年となり、六年となった。この三年間に、信長は岐阜から、居城を安土に移し、従三位左近衛中将を経て、従二位右大臣に任ぜられて、名実ともに中原の覇者となったし、秀吉の軍は官兵衛を帷幄に置いて東播州を略し、さらに但馬を討ち平らげ、松永久秀が大和の信貴山に拠って叛いた際は、その討伐戦に参加してすぐれた勲を立てた。
 松永の乱が片附いたので、
「いよいよ毛利攻めに取り掛かれ」
 と、信長は秀吉に命じた。
 官兵衛が、秀吉のために用意周到な作戦計画を練った。なにしおう大毛利だ。十州王である。安芸、周防、長門、備後、備中、伯耆、出雲、石見、隠岐、因幡の十国二百五十万石を領して、その兵力は六万、と号する日本一の強敵なのであるから、官兵衛の計画にも、絶大な苦心が要る。
 日夜肝胆を砕いて、あらゆる智恵を絞った。
 そして、一滴の水も漏らさぬような、緻密な計画が、ほぼ出来上がろうとする時であった。それは天正六年の初冬のことだったが、姫路白鷺城の二の廓うち、官兵衛の住む建物へ、本丸から秀吉自身が、いつになく当惑顔で見えたのだ。
 天気晴朗で、眩しいほどにも明るい朝であったから、秀吉の面持ちの曇りが一層目立った。
「おや、どうぞなされまして!」
 官兵衛は怪訝らしくそう云いながら、上座へ迎え入れた。

* 2022年3月2日 福岡市中央区 福岡城の門と櫓

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