鷲尾雨工著 『黒田如水』 (22/46) ◆再掲載

※ 過去に本ブログに投稿した分を再掲載。

皇籍離脱・皇籍復帰と社会的身分 は2月17日掲載の第149回で既発表分の上限に達した。第150回以降も連載は続くが、ストックがたまったところで、適宜、ブログでの連載を再開することにしたい。

しばらくは鷲尾雨工著『黒田如水』の翻刻分―過去にお蔵入りの分―の蔵出しを続けることにする。第22回は2005-10-29 22:39に掲載。

    置土産
 四層楼の第二階は、信長の妻妾侍嬪のすんでる場所だったから、おびただしい数の腰元どもが、かしましく廊下に群れて庭苑の方を覗き見していた。
「ほんとうに吃驚びっくりしましたのねぇ」
「御凱旋のおめでたい日に、だしぬけにあの恐しい音でしょう。わたし気が遠くなってしまいましたわ。もう、大丈夫かしら?」
「わからないわ。大炮おおづつとやらが、あれあそこに、ちゃんと据えられてありますもの。また何時いつなんどき凄すさまじい音がするか、もうもう油断はできないと思いますわ」
「でも大炮というものの音だと解っておれば、まさか先刻さっきみたいに驚きはしませぬぞえ」
「だけど妾わたし、気が気でないわ。いつダダッと戸障子までがゆすぶれるか解らないのですもの」
「あんな物騒なものを、持ち込んだ人が憎らしい! あれ、憎らしい人が、お杯を頂いておりますわ」
 庭苑では、信長が杯を官兵衛に取らせた。
 すでに祐筆両名は、三十余通の墨附きの作成を終わっていた。
 いづれも相違なく本領を安堵せしむることを保証した辞令で、宛名は官兵衛が云うままに記入されたのであった。
 信長は、それらの墨附きを官兵衛に与えてから、秘蔵の太刀、「へし切り長谷部」を、
「これは当座の恩賞ぞ、長谷部国重じゃ」
 そう云って、取らせたのである。
 押し戴くと、
「官兵衛、その太刀は乃公わしが若かった頃、弟の勘十郎信行の謀叛に内通をしおった近習めを手討ちに致した折に、彼めが床の地袋の下へ逃げ込んだのを、地袋の厚板諸共、水も溜まらず、へし切ったものじゃ。稀代な切れ味―乃公が「へし切り長谷部」と名づけて、今日まで愛蔵してきたのが、それじゃ。其方への返礼に、適ふさわしいと思うが、どうじゃ?」
「はぁ、勿体なき御恩賞―身にあまる光栄に存じ上げまする!」
「む、悦んで呉れて乃公も満足じゃ。―さてもう一つの返礼は、其方の推薦を聴き届けて、木下を、中国方面に作戦すべき軍の総督に任ずることに致す。それと同時に其方をば、藤吉郎の参謀たらしめるぞ」
 信長は、ほほえましく秀吉を顧みて、
「むろん異存はあるまい?」
 と、云った。
「あろう様ようがござりませぬ」
 秀吉もまた莞にこやかに返辞をした。
「のう木下、お許ことはよくよく兵衛ひょうえに縁が深いと見えて、竹中半兵衛という軍師のほかに、こんどは小寺官兵衛という軍師を得て、二人兵衛ににんひょうえを、左右の参謀に使うことが出来る。竹中の方はいずれかといえば旧派じゃ。純粋な武人型とでもいうかな。あれに較べると、新軍師の官兵衛の方は、ずんと新派じゃよ。全く最新型の鮮やかさは、素敵なものだ。日新月歩の時勢では、官兵衛ほどの新知識―すなわち、新しい頭の働きに、頼らなくてはならんことが、いかばかり多いか?」
 信長は、秀吉の意見を徴するように、見つめた。
 だが秀吉はただ、
「御意―まさしく御意の通り!」
 と、答えただけであった。
 いま信長の云った事には、一言の附け足しも要らなかった。秀吉は、官兵衛を得たことを運命の神に謝すると共に、信長という大器を自分の主君に戴く幸いを、今さらのごとくに感銘するのであった。
 ―信長・秀吉・そして官兵衛。この三傑の連繋つながりは、わずか小半日―数時間のうちに固く結ばれた。なんという神速しんそくさであろう。
 やがて。
 意義ふかかった会見も終わろうとした。
 信長は、
「毛利は大敵じゃ。そんなら頼むぞよ官兵衛!」
 と、云い残して庭から屋形へ入ろうとした時、官兵衛が呼びとめた。
「恐れながら暫時しばらく―」
「うむ?」
「置き土産―と申しては些いささか礼儀を弁えぬようにもござりますれど、持参いたしたるもの、御納め下さりましょうや?」
「ほう、それはまた念の入ったことじゃのう。置き土産とは!」
 傍では秀吉が、
(はて何を置いて行くつもりだろう?)
 と、心に訝いぶかる。
 官兵衛は重ねて、
「御納めを願われまするか?」
 と、云った。
「貰うとも!」
 しかし信長も、稍いぶかしさを感じた。
 官兵衛は、中門外へ去ったが、程なくお香と松寿の両人ふたりをつれて庭苑にわに戻った。両人が平伏すると、
「只今置き土産と申しましたのは、これなる両箇ふたつの生命いのちでござります。なにとぞ、お膝元にお納め下しおかれませ!」
 妻子を、人質として岐阜に残すという意味なのであった。
(ああなんと行き届いたやり方であろう!)
 秀吉は、胸に迫るものを覚えて、
「上かみ! 官兵衛の妻ならびに一子、松寿でござりますぞ」
 そう、語ことばを添えた。
 すると信長は、首かぶりを振って。
「いや、それには及ばぬ!」
 だが官兵衛は、面おもてをあげなかった。
 秀吉が、
「上! 御納め下さる様に、官兵衛は再度御念を押しての上、いざない入れた両箇ふたりのものでござりますぞよ!」
 と、云うのだった。
 信長は、いつになく思案に少し手間どったが、
「よし! 然らば預かって置く。但し、木下の城、長浜の城内に住まわせようぞ」
 情理に叶った裁決を与えた。

* 2022年3月2日 樋井川にかかる新今川橋から河口方向を望む 右岸が中央区、左岸が早良区。

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